seraphyの日記

日記というよりは過去を振り返るときのための単なる備忘録

久しぶりの墓参り

母方系の親類とは個人的に確執があり、そのため新年の挨拶どころか墓参りさえ数年間行ってなかった。墓参りに帰らないものだから、父方系の墓もご無沙汰だ。しかし、先日の彼岸付近のマシントラブル等に思うところあって伊夜日子神社への参拝も済ませたことだし墓参りしようと思う。しかし、車を走らせる中、結構悩んだ。墓参りに行く道でシートベルトにあたる右肩が痛くなるのを感じる。精神的なものか。だが近くのスーパーで和蝋燭と線香を買って墓参りすることにした。近くには蝋燭の火のついた墓がいくつかあるが、静かなだった。父方系の先祖の墓、本家と分家の墓近くのごみを拾ったあと、水をかけてから蝋燭と線香をあげる。ただ何をするわけでもなく墓の前に座り込み蝋燭の火が消えるまで30分ほど過ごす。自分の祖先がどのような人たちであったかはわからない。だが、天気もよく風も心地よく、穏やかな気持ちだ。とくに何を思うわけでもなかったが、祖父・祖母が生きていたころの自分について振り返ったりしながら過ごした。
そのあとで母方系の墓参りをする。祖母が病死した最初の墓参りのとき、花をささげた瞬間、突然の突風で花が吹き飛ばされたことがあった。祖母は急性白血病で急死したのだ。無念だったのか、怒りがあるように私には思えた。そのうえ、墓参りするときは、いつも蝋燭の炎がすぐに消えるような風の強い場所だ。そんなことがあったので、花を添えて蝋燭をともしたあとも、少し懸念していたのだが、意外にも、とても穏やかで、ちょっと安心した。和蝋燭の火力は相当に大きいせいもあろうが、風もそよ風になり蝋燭は完全に尽きるまで燃え続けた。燃え尽きるころには日は落ちて周囲は暗くなっていたが、祖母や曾祖母のことを思い出していた。たしかに、あのころは祖母や曾祖母に守られていたのだということを思い出した。近くに通っていた小学校があるせいと、墓の近くの歩道をゆきかう小学生を見て、曾祖母や祖母が生きていた小学校のころを思い出していた。
最後に、家に戻ると4年前に死んだ飼い犬と、ずっと昔に死んだ飼い猫の墓に蝋燭をともす。飼い犬は4年前の今日、死んだ。私が、この日に帰ってきたのは、そのためでもある。今日帰ってきたことは、とても良い日だったと思う。
それから、家に戻って妹と話を聞いてると、母方系の叔父によって暴行未遂まがいの被害を受けた女子新入社員も某電力会社の男と結婚したとの人づての話を聞いたとのことで、少しホッとした。