seraphyの日記

日記というよりは過去を振り返るときのための単なる備忘録

新潟で大地震。

東京駅の飲食店街でメシを食ってる最中に電車の轟音とともに縦揺れ、横揺れ、10秒ぐにい。結構長い。これは近いか?大きいか?と直感。構内はべつに驚く様子でもなかったが、ふと気になって、FOMAの電波が入らないので同僚のMOVA地震情報が見れないか?とたずねたところ、構内放送でアナウンスが入る。新潟中越地方で震度6強地震だというのを聞き取って、ちょつと色めきだつ。その同僚と私は新潟中越地方出身。これはヤバいだろ?といそいで店を出る。阪神大震災のとき大阪にすんでいたから、震度6の災害はシャレにならないことはわかっている。東京駅の外にあるガラスばりの食堂のようなところを覗き込むとBSデジタルが放送されていて、震源地が小千谷だとわかる。地形にもよるだろうが数キロ離れれば地震の威力は相当に低下するだろう、長岡の被害は大きくはないか、と少し期待。電話・携帯は地震発生直後から数時間は混雑してつながらないだろうということは過去の経験で知っているが、やはりダメ。駅員に上越新幹線の状況を聞くが、安全のために停止しているが、しばらくすれば再開するだろう、という。まあ、今は無理っぽそうだから明日にでもゆくか、といい、とりあえず自宅に戻ることに。その途中、FOMA上越新幹線が脱線しているというニュース。ああ、これで明日までに復旧できるか微妙だ、少なくとも今日は無理だな、と思う。そして家についてテレビをつけると、ずっと地震のニュース。しばらくすると新潟の実家から携帯のメールが届く。レスポンスは悪いが携帯メールは、不通になるほどではないらしい。毛布と水を確保し車の中で寝るなら暖房は付けるな、とメールを返信。その後、メールも到着しなくなる。深夜3時ぐらいに電話をかけると、つながるようになっていた。実家は車の中で寝ていたようだが、とりあえず状況を聞くことができた。長岡の北よりの場所なので倒壊している家はないようだが、震度5は半端じゃないから、やはり不安ということで、近所の人は全員車で寝ているらしい。もし冬で雪が屋根に積もっている状態なら被害は甚大だっただろうと思う。秋口で寒いとはいえ寒さは毛布でしのげるし天気も悪くないのは幸いだった。これで炎天下だったら水不足は絶望的だ。冬でも凍死者や一酸化中毒で死ぬのが続出だうろ。季節的には稲の刈り取りが終わった10月末は非常にラッキーだと思う。近所のコンビニは営業中止。近くのパチンコ屋の広い駐車場には同じように近くの家から車で非難している人たちがたくさんいる模様。電気は通じるがガスと水はでない。あちこちでガスくさいらしい。電気が通じていれば明かりは確保できるのがなりよりだ。だが水がないのは痛い。そうこうするうちに夜が明けて上越新幹線は脱線した車両を戻す目処も立たない上に橋脚にもダメージがあり、復旧には相当時間がかかるらしい。まず2週間ぐらいはダメだろう。ルートとしては東北新幹線会津経由で長岡に向かう方法と、臨時で出ている新潟空港を使う手もあるらしい。たにがわ号で湯沢あたりから長岡に向かうことは無理のようだ。高速道が破損したうえ国道17号がやられたとあれば東京との直接ルートは壊滅状態か。まあ、どのみちバイク等をもって物資移動に役立てないかぎりは、今行っても一人救難者が増えるだけのはなしなので、しばらく見守るしかない。うーむ、たしかに阪神大震災でもバイクは役に立った。バイクは日ごろは危ない乗り物だとおもってたいして評価していないが、やはり役立つな。まあ、大型バイクは車と同じだろうけどね。