seraphyの日記

日記というよりは過去を振り返るときのための単なる備忘録

一線を越えさせてしまったのは誰の責任なのか。

理解せず高圧的な父親、理解してあげてるじゃないという母親の横柄さ。自分にとっては自分を窒息させるだけの存在なのに、感じていることとは裏腹に、両親に頼らざるを得ない現実、両親は悪くないのだという現実に、おそらく心と現実の乖離を深めていったに違いない。
それが彼女の孤独を作り深め窒息させた。たぶん、絶望や悲しみ、友達とは違うことへの恐怖が、憎しみに怒りに変わることを、12歳の心ではどうすることもできなかったと思う。多分。

でも…、同じような苦しみに被爆している子供は他にもいると思う。目に見える虐待だけでなく、むしろ、行き場を失った心の問題も深刻のように思える。



小6同級生殺害:
「11歳の淵」上 加害女児の内面に迫る
写真

女児は毎日、山道を縫って進むバスで通学した。約10分、車窓から何を見て、何を思っていたのか=長崎
県佐世保市で、矢頭智剛写す

 ◇校舎の3階で女児つぶやく

 「私、どうなっちゃうんでしょう」。血まみれの女児(11)はつぶやいた。校舎3階の廊下を一人で歩
き、階段を下りようとしている。女性教師が気付き、女児の気持ちを落ち着かせようと、階段に座らせた時
だった。

 そのころ、同じ階の学習ルームに駆けつけた6年担任の男性教師は「頑張れ」「頑張れ」と叫び、ぐった
りとした同級生の傷ついた左手を持ち上げて、必死に止血を試みていた。

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 佐世保市内を見下ろす小高い山。頂上近くの集落に、女児の家はある。学校までバスで10分。ここから
通学する子供は、全校児童186人中数人だけだ。

 40代の両親と70代の祖母、高校生の姉の5人家族。「共働きで、近所付き合いはおばあちゃんだけ」
(近所の人)。同級生の保護者との付き合いはほとんどなく、両親の影は薄い。

 父は静岡県の山あいの町に生まれた。高校卒業後、美容師を目指し東京へ。専門学校を経て、7年余り都
内の美容室で働いた。佐世保の高校を出て上京した母と出会い、結ばれた。同じころ母の父親が死亡したた
め、独りになった母親の面倒をみることに。「女房と一緒になりたいから、悪いけど向こうに行く。両親を
頼む」。親族にこう言い残して去った。20年ほど前のことだ。

 父は佐世保のギフトセンターで、母は衣料品店で働いた。2年後に長女、その5年後、女児が生まれた。
女児が物心つく前、父は脳こうそくで倒れ、自宅で営む保険代理業や、おしぼり配達のアルバイトに転じ
た。

 「顧客の家族全員に誕生カードを送るほどまめ」「家事と仕事を両立させた母親のかがみ」。仕事先の父
母の評判は、すこぶるいい。幼いころから女児を知る近所の人は「小さい時から手がかからんいい子だっ
た」という。だが、意外なほどに女児は孤独に見える。

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 「お父さんは大嫌い」。同級生の一人は4年生の時、女児から聞いた。友達が家に遊びに行くと、父が
「ダメ」と上げてくれない。集落内の男性は「門限は夕方5時。遊んでいても5時が近づくと、表情が暗く
なった」と明かす。ある教師は父親が「宿題やったかと聞くと、やったと言うが、どうか分からん。学校で
ビシビシ鍛えて下さい」と話したのを覚えている。

 「(女児に)かまってやれない」。母は職場の同僚にこぼしている。しかし、被害女児と一緒に入ったバ
スケットボール部では「たまに迎えに来ても、練習を見ることはなかった。車の中で、終わるのをじっと
待ってた」とある母親は言う。

 5年生になると、父は知人に悩みを打ち明けている。「女の子は難しい。『うざい』『汚い』と言われる
んだ」

 そして今年2月末。「成績が下がったら、お母さんにやめさせられるから、点数下げないで」。担任にそ
う頼むほど好きなバスケをやめた。

 女児のHPからは「明日もあるからガンバロー」などと、バスケットなどに触れた明るい記述が途絶え
る。そして管理サイトの掲示板には、ある決意がつづられた。「近いうちに小説書きます」。中学生が殺し
合う「バトル・ロワイアル」のオリジナル版だった。(つづく)

「11歳の淵」中はこちら
http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/katei/news/20041227k0000e040046000c.html

御手洗支局長は事件後初めて記事を書いた
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/m20041227k0000e040072000c.html
毎日新聞 2004年12月28日 15時09分

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小6同級生殺害: 「11歳の淵」中 加害女児の内面に迫る  ◇孤独感深めたGW/HPでも「寂しさ」封印  「変わった。怖い」。殺害された女児(12)は、友達同士の交換日記に、鑑定留置中の女児(11)を こう書いている。今年(04年)2月、女児がバスケットボール部をやめた後のことだ。ある保護者も言っ た。「バスケをやめてから変わったと子供たちは言っている。『することを全部否定される』というような ことを(被害者も)漏らしていた」 ……………………………………………………………………………………………………  ピンクのクマが、あおむけに倒れた人に馬乗りになり、鋭いつめで襲う。クマが振り返ると、顔には飛び 散った返り血〓〓。女児が今年1月末に完成させたホームページ(HP)には、メニューや自己紹介と並ん で、こんな動画がある。  「本当にどこにでもいるような普通で目立たない子」「どんな子だったか、思い出せない」。ほとんどの 保護者に印象を残さなかった女児。HPに自ら作り出した世界には繊細さ、豊かな感受性、そして暴力への こだわり。HPには、次第に孤独感を深めていった女児の心の軌跡が浮かぶ。 ……………………………………………………………………………………………………  「あの間に、日記がおかしくなった。5月3日の日記が、めちゃくちゃ可哀そうだった」。女児のHPを 見た佐世保市内のある小学校教師は、そう漏らす。多くの同級生が家族とレジャーを楽しんだに違いない ゴールデンウイーク。だが、女児は独りだった。  5連休の中日だった3日の日記にはこうある。「今日は朝7時に起きて顔洗ったりして、居間に誰もいな いヵら1時間そこで勉強して、そのまま朝飯食べたくなって食パン食べて、10時にまた寝ちゃいました」  自分の気持ちを封印したのか、「寂しい」「どこかに行きたい」といった子供らしい感情は記されていな い。  わずかに心の内を明かしたのは翌4日。「そりゃ山の頂上で叫びたくなりますよぉ」。だがすぐにふたを した。「でも友達と遊ぶのそんなにスキでわないんで別にいいでやんす」  この日と翌日の5日、「バトル・ロワイアル」を模したオリジナル小説を、HP上で公開した。 ……………………………………………………………………………………………………  約3週間後の27日。おぶさってふざけ合い、被害者から「重い」と言われた女児は謝罪を要求。2日 後、被害者がHPに「ぶりっ子」と書き、女児は決意する。「ぶっ殺してやる。この世からいなくなってし まえ」  事件後、女児は付添人弁護士に「一人で悩んで、考えていた」と話している。「怖い」と表現した被害者 は、仲良しグループにしか分からない微妙な落差を感じ取ったのかもしれない。  「寂しさを募らせていたんだと思う。インターネットは、きっかけに過ぎないんじゃないでしょうか」。 小さいころから女児を見てきた同じ集落の女性は、そう言った。(つづく) 「11歳の淵」下はこちら http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/katei/news/20041227k0000e040050000c.html 御手洗支局長は事件後初めて記事を書いた http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/m20041227k0000e040072000c.html 毎日新聞 2004年12月28日 15時09分
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小6同級生殺害: 「11歳の淵」下 加害女児の内面に迫る 写真 日が暮れ、職員室の明かりだけが残る大久保小。「(被害女児が)一人じゃ寂しいだろうから……」。女性 教師は献花台の花束をまとめ、学習ルームへ向かった=田中雅之写す  職員室の壁に背を預け、宙を見つめる6年担任の男性教師。出崎睿子(えいこ)校長は校長室の椅子に 座ったまま動かない。事件から約9時間。警察の立ち入り制限が解かれた長崎県佐世保市立大久保小に「何 かサポートを」と駆けつけた別の小学校長は抜け殻のようになった2人を見て、足がすくんだ。  「とにかく遺族に謝罪を」。この校長は2人を促して学校を出たが、出崎校長は真っすぐに歩けず、支え なければならなかった。担任は事件5日後の日曜日から、心労のために入院したままだ。 ……………………………………………………………………………………………………  「非常に明るい半面、暗いところがある」。6年担任は事件の7時間後、市教委幹部が「どんな子だっ た?」と問うと、すぐさまこう答えている。だが、女児が5年生の時に担任だった女性教師は「闇の一面が あるなんて、思ってもみなかった」と振り返る。  同級生の何人かは今、5年生だった今年2月末、バスケットボール部をやめた後に「女児が変わった」と 言うが、女性教師は「気づかなかった」。むしろ、3学期の文集作りで、パソコン操作に四苦八苦する同級 生を手伝い、張り切ってイラストを描いていた女児の姿が印象に残る。  当時の5年生には、暴力的なふるまいが目立つ男児が複数いた。女性教師も、男児に腹部をけられてい る。「そういう状況なら、よっぽどの変化がなければ、教師にとって女児はノーマルな範ちゅうに入る」。 佐世保市内の小学校教師は、クラス全員への目配りの難しさを指摘する。  担任が「暗いところ」と表現したことが、また被害女児が「怖い」と感じた変化が、女児の「シグナル」 だったのか。いずれにしても、それは見逃されていた。 ……………………………………………………………………………………………………  子供のシグナルをいかにキャッチするか。昨年(03年)7月に長崎市で起きた幼児誘拐殺人事件を受 け、大久保小は月1回、6年生の教師が5年生を教えるなど、受け持ちをずらして複数の教師が子供を見る 試みをしていた。  5年担任の女性教師は、自分の出産シーンを収めたスライドを、授業参観で見せた。被害女児が「命の素 晴らしさ」に感動して、涙を流していたことが忘れられないという。だが、加害女児については「記憶にな い。全員に感想文を出させたが、特に変わった様子はなかった」と周辺に語っている。  「結果論だが」。市教委幹部は、そう断って5年生の秋にも作った文集を引き合いに出す。女児は好きな 本に「バトル・ロワイアル」と、ホラー小説「ボイス」を挙げていた。「この時、どんな本なのか、実際に 読んでいれば。違った結果になったかも知れない」 ……………………………………………………………………………………………………  事件4日前に一度、被害女児の殺害を計画し、前日に「明日、カッターナイフで殺そう」と決意した女 児。当日、学習ルームで殺害し、血まみれのまま6年生の教室に戻った。神戸市の小学生連続殺傷事件、そ して長崎事件の少年は、自らの「犯罪」への関与を隠した。だが、女児は違った。  「私、どうなっちゃうんでしょう」。殺害直後、自分の行く末を案じた女児は、付添人弁護士に「(被害 者に)会って謝りたい」と言った。同級生の命を奪った11歳はその「死」を今、どう受け止めているのだ ろうか。(おわり) ×××××××××××××××  「11歳の淵」は、04年6月30日〓7月2日に毎日新聞西部本社発行の朝刊に連載されました。登場 人物の肩書きは当時です。担当したのは、三森輝久、入江直樹、船木敬太、川名壮志、倉岡一樹、太田誠 一、長澤潤一郎です。 事件から半年「書かれる側」から検証する http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/m20041227k0000e040072000c.html 毎日新聞 2004年12月28日 15時09分



自らを愛することの出来ないものは他人も愛することは出来ないだろう。しかし、しばしば人は自らを憎むように教えられる。すくなくとも、人の罪深さを知れ、と丁寧で愛にあふれた言葉で「罵っている」ものたちは大勢いる。「おまえは罪を知らないバカものだ。」という。そして、反省させられた人は過去の自分のように罪を知らないバカものを見て憎しみを抱くのだ。「君は悔い改めなければならない」と。
これは人の心に罪を与え根付かせることを目的とし、憎しみを育てることそのものではないか。
相手を理解しろと口では言いながら、自分は心を働かせず感じることも考えることも忘れているのに他人を理解した気になっている。そして、他人こそが理解が不足しているのだと決め付けている。まるでバカな教員どものようではないか。差別を生む構図そのものではないか。だが、これが世界のルールだと思っているものたちが沢山いる。